水泳2004年 
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 兵庫県マスターズ
 スポーツ報知
 神戸市
第4回 兵庫県マスターズ水泳選手権大会(50m)

神戸市:ポートアイランドスポーツセンター   (2004年8月22日)


 権兵衛さん。    50m平泳ぎ。腰痛がやわらぎ、スタート前からどっしりと腰を降ろし余裕たっぷり。 スタート台を手でも押し、勢いをつける用意。ドン(リレー時)。素晴しいスタートで飛び出し 15mあたりまでトップ争い。25mぐらいで横一線。アレアレと思っているうちに遅れだした。 遅れたというよりあくまでもマイペース。他のスイマーは必死で泳いでいるのに一人だけ最後まで平常心。 ゴール後、「レースやったんや」と悔やんでも、すでに遅かった。
 6枚目の画像は50m背泳ぎ。一般的には平泳ぎよりタイムは早いはずなのに先の平泳ぎより3秒ほど遅くゴール。 着順より完泳が大事。それでも銅メダルを獲得。それも私が3位に入ってるでと言うまで気付かなかった。 これもマスターズなのだ。


光昭くん。    100mバタフライ。 スタートは完璧。ところが「ヨーイ」で止まっていなかったと 観察員の菱山さんから指摘。ほんまは失格やのに見逃してくれる。いい友をもった。と、喜んでいいのかどうか。 エントリーをした後で傷めた右肩痛で腕がうまく回転できない。パッシャン パッシャンとノンビリバッタ。 水しぶきにも勢いが無い。それでも折り返しまでは41秒ぐらいで泳ぐ。ターン後、25mぐらいまでは なんとか進んでいた。ところが急にしんどくなってくる。息をしたいのに腕が動かない。後20mが 物凄く遠くに感じたのは今までで初めてだった。でも完泳の結果、1位だったのでよかったよかった。


 ライバルの菱山さん。   50m自由形では中村さんを抑え30秒を切り大会新記録で金メダル。  この50mバタフライでは中村さんがリベンジ。タッチの差で銀メダル。
 菱山さんは兄弟で来ていた。二人とも競技役員で折返観察員、泳法チェックで忙しく動いていた。 私は召集員でちょこっと運営のお手伝い。
 お兄さんのレースも紹介しておこう。50m平泳ぎ。神戸市の前田さんが断然トップでゴール。 後は横一線でまだ泳いでいた。そろそろゴール寸前。腕を伸ばしキックをしているのだがゴールが遠い。 ア〜「べった」だと思った瞬間、ドルフィンキックで進み出しゴールタッチ。 60+クラスで43.3の4位。後で聞いた話だが、これも皆さんに知っていてもらおう。 このプールは水深2mと深い。スタート時、勢い良く飛び込んだのはいいものの、 深く潜りすぎ「一かき一けり」で浮き上がってこれない。と、気付くともう一回すばやく「一かき一けり」をしていた。 ゴール後、場内アナウンス。  失格者の放送だった。が、失格者は隣のコース。競技役員で上から弟の菱山さんがチェックしていたはずなのに。 これが兄弟愛か。私は素晴しいことだと笑った。


 3コース半漁人、4コース光昭くん。100m自由形。 前半はキックを両者とも控え目に並んでターン。 足は腕よりはるかに太い。その分血管もたくさんある。 キックを強く打つと足に血液が多く流れ酸欠になりバテてしまう。だから前半はキックを控え目にした。 というのは勝手な解釈で、ほんとはキックが嫌いなだけだ。ターン後、両者のトップ争いは決まっていた。 他の選手は遅れだしている。後半の75mぐらいまで真横にピタッと並んでいたが、 ラストスパートで私はキックを使った。半漁人は使うのを忘れていた。 その差がタッチの差になり私は大会新記録を出せた。それにしても我ら仲間は強い。 神鉄のワンツーフィニッシュで他チームを圧倒したのだ。


 電光掲示板は50m平泳ぎの案内だ。ここにも神鉄SSが二人掲示されている。ところが3コースに誰も居ない。 その通り、半漁人は膝を痛めており欠場してしまった。 平泳ぎはバッタ、バック、クロールと違い膝に強く負担がかかるからだ。 権兵衛さんがマイペースで泳いでしまったのも3コースに仲間が居なかったせいもある。と、いうことにしておこう。 右二つの画像はフリーリレー。一番隊長からの引継ぎシーンとクロールの力泳。


 光昭くん。フリーリレーで権兵衛さんからの引継ぎでアンカーのスタート。 コース内には第一泳者の一番隊長もプールサイドに上がらず水に浸かったままで何処かを見てる。 本式ルールとは違いマスターズルール。全員が泳ぎ終わってから4コースまでは1コースの方から、 5コースから以降は最終コースの方からプールサイドに上がっていく。 結果は4位でメダルを逃す。残念だ。その時、審判長から叱られた。「君の泳ぎで神鉄は負けた」。 「50mを泳ぐのに最後まで2ビートしてては、スピードが出んやろ」。っと。 はっと気づいた。「そうや、100m自由形と違うのや」。仲間は全く気付いていない。 ヨカッタ ヨカッタ。


一番隊長。 その名の通り。メドレーリレー、フリーリレーとも第一泳者だ。権兵衛さんは腰、半漁人は膝、光昭くんは 肩と故障を抱えていたのだが一人だけピンピンしてる。 それに長ズボンを履いている。あたかもイアンソープのまねをしているように見えるのだが、 どこか違う。上半身は丸裸。赤い帽子は100円のメッシュ。そこらへんのアンバランスが我ら仲間のいいところ。 スタートは今流行、陸上のクラウチングフォーム。 群を抜いて早く泳ぐだろうと期待していたのだが。 「やっぱりな〜」。夏は海の潜りが忙しく真水での練習はサボってばっかり。足ひれがあれば獲物は獲り放題。 なのだが、競泳は違う。


    一番隊長の50m背泳ぎ。
 一番隊長は昨年の2003年に大会新記録を出した。2004年のプログラムにその名を残している。  早朝からの出陣に気配りをしてもらった。我ら4人は会場に車で楽をして着いた。その車を乗って帰ったのは 一番隊長の息子。 レース後の打ち上げを見越し息子さんにお世話になった。ありがとう。 それに、最新型デジカメのカメラマンもしてもらった。このHPの画像はメールで添付してもらったのを記載している。  昨年の記録更新はならなかったが、いいではないか。十分だ。


        打ち上げ。
 四人組と女性応援団長はビールで乾杯。首にぶら下げたメダルを手で持ち上げ、 オリンピックの祝勝会(アテネではなくミュンヘン)。 腹がペコペコ、喉はカラカラ。勝利のビールは格別だ。唐揚げにウィンナーも即、腹の中へ。 しばらくしてココだけ参加の女性二名が来た、どうやら泳ぐよりイベントが大好きらしい。 このへんから、レースの話題はほっとらかし。いわゆる宴会に突入。 今日はレースがメインだったのに、レース後がメインになったような気がする。